クロード・レヴィ=ストロース(フランス/人類学者) | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (via yasunao)
自分も旅にカメラは持っていかない方が良いと思う。
(via nirvash)
[鏡] しっぽのさきっちょ 2006年04月 — Spiegel’s Trunk
4月なのでちょっと上から目線でw
「ネットで流行っていることはもう最先端ではない」というのは今でも肝に銘じるようにしている。併せて,最先端にいないエンジニアはいかにして生き残ればいいのか(最先端にいるエンジニアなど一握りしかいない),もう何年も考えている。
(via spiegel-im-spiegel)
物理的・ビジネス的な制約によってどうしても遅れてしまう紙書籍はともかく「ネット」に関してはきちんとした観測対象・範囲さえ持てれば最先端を見られるし(上記の「流行っている」の定義は知らないが)、あまつさえその最先端に参加できる点で本質的に違う。得意げに「今ならばネットに置き換えられるかもしれない」とか言ってしまうのは恥ずかしくすら感じる。
(via yoosee)
本が最先端ではない理由が、一定の想定読者がいないと出版までこぎつけられないというコスト制約が原因であれば、同じ理由が当てはまるコスト制約のある有名ネットメディアも最先端でないというのは成り立つな。逆に言うとコスト度外視で宣伝もしていないマイナーなネット上で最先端が繰り広げられている可能性はありうる。これは本との大きな違い。低コストさで差がつく。
(via otsune)
ネットにある情報は書籍と比べれば相当に最先端だと思いますよ。表面的な技術トレンドの情報だけじゃなくて、優秀なエンジニアさん達による、出版くらいしか広範囲に対する情報発信手段がなかったころなら考えられないような濃い議論(しかも現在進行中の状態で)に触れる機会も持てたりするわけだし。ネットはお金になるとか関係なく情報を出したいっていう人がそれを実行できるという点でスピードと情報量は書籍と比較にならない。
でも当たり前だけどネットにすべてがあるわけもない。外に出せないノウハウ的なものまで全部ネット上で公開されてるわけない(こういう秘伝のノウハウ系の公開はお金になるので書籍になる場合が多いと思う。だた出版された時点では確かに最先端ではない…)。でもそれはネットとか書籍とかがどうのっていう話じゃなくて、そういうことやってる組織なりの中の人でないと経験できないことって多いよねっていう話になってしまうのと、結局、ずっと技術の最先端(そもそも最先端ってなんだ?)にいたければ、ずっと最先端の技術で仕事できる場所(にいろ|を渡り歩け|を自分で作れ)っていう話になってしまって身もふたもないのとなんか主題から外れてる気がするのであれ…
でも元のQuoteが言いたいのは流行りに流されずに何か1つを掘り下げろっていう話だと思うのでその点は同意できるのです。
まず、人生相談最大の悩みの一つである、性について。
相談が「彼女はいるのですが、どうしても風俗通いがやめられません。風俗に行くと、彼女には要求できないことも要求できて、とにかくハマってしまうのです」。
これに対する回答が、こうだ。「実はセックスというのはお互いを汚しあうことなんです。だから、本当にキミが彼女のことを好きなら、彼女と一緒に汚れる性を体験しなければ本当の性は完結しないんだ。(中略)そしてまたセックスっていうのは、お互いを汚し合い、お互いを洗い合うところに本質があるんだな。だから、セックスの後に言うじゃない、「ごめんね、痛くなかった?」って。あれは、汚した体を洗ってあげてる時の言葉なんですよ。キミが風俗にハマっているのは、相手を洗ってあげる必要がないからなんだよね。それは、例えばレストランと一緒で、自分が食べたものを後片付けする必要がないから、気楽だし、好き勝手注文することができる。でも、毎日レストランばかりじゃ、飽きちゃうし、お金も続かなくなるわけでしょ。そうすると、やっぱり自分の家で食べるご飯が中心になるし、いちばん落ち着ける場所になる。だから自炊をするんだけれども、自炊をするために魚を買ってさばいてみれば、はらわたは出るし、生ゴミなんかたくさん出るわけだ。すると当然、部屋は汚れるよね。実は本当の性、セックスというのはそういうことなんです。今のあなたは彼女とのセックスを汚さないように、散らかさないように、後片付けがしやすいようにやってると思うんだ。でもさ、若いんだったらふたりで片付けないと片付けきれないぐらい汚したりしていいんじゃないかな。キミはもっと獣性や野生を出して彼女を汚すべきなんだ。そして、その汚れをふたりできれいに片付ける。そんなところに、本当の愛につながる性の道、セックスの道というのがあると思うんです」。
そしてさらに、人生相談の二大テーマとも言うべき、人生のむなしさについて。
相談が「最近、ボクはなんのために生まれてきたのかと考えることがあります。(中略)人間って一体なんのために生まれてくるんでしょうか」。
それに対する答えが「この問題に対しては、人から聞いた答えはつまらないものになってしまうのです」というものだ。ここまでは、実に普通で一般的な人生相談の回答だ。自分でそんなもん考えろ、と当たり前に正しい結論になってしまうのだが、武田鉄矢はここでは終わらない。「ただ、その問題を考えている人たちは、みんな悩みながら、なぜか突拍子もないことをやり始めているんです。ちょっと難しい話になったので、簡単な例を挙げてみましょう。桃太郎という昔話があります。よく考えてみてください。桃太郎っていうのは実に変なヤツですよね。桃から生まれたといわれて、ある日突然、鬼ヶ島へ鬼退治に行くわけです。だいたい、桃から人間が生まれるわけがないと思っていますよね。そんなことは子供でもわかります。それに、自分にはおじいさんとおばあさんしかいない。村の友達と比べれば、なぜなんだろうと不思議がるでしょう。そこで、桃太郎は鉢巻を締めて考えたんでしょうね。「オレはなんで生まれてきたんだろう?」。そこで出た結論は、「オレは鬼退治をするために生まれてきたんじゃないだろうか?」だったと思うんです。オレはどうやらふつうのやつとは違う、オレはなにか突拍子もないことをするために生まれてきたんだ。その突拍子もないことはなにかと考えたときに、それが「誰もやらない鬼ヶ島を攻めること」だったんじゃないでしょうか。突拍子もないことをやることで、桃太郎は、オレはなんなのか? という答えを見つけたんだと思うんです」。
なんというしなやかでアクロバティックな想像力。どうしてそこで桃太郎が出てくるか分からないが、実に説得的だ。こんなところにこんな才能が埋まっていたとは、武田鉄矢。
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2008-11-14
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